大隈鐵工所事件 最高裁昭和62年9月18日第三小法廷判決(退職の意思表示)

事案の概要

(1)Xは、Yの従業員でしたが、日本民主青年同盟(民青)に加盟し、Aと共に会社内で面接を受けました。
 人事部長がXと面接し、Aの失踪原因を問い質し、Aの部屋にあった民青資料を机上に示しました。
 Xは、突然の退職の意思表示を示し、人事部長は慰留しましたが、Xがこれを聞き入れなかったため、Xが提出した退職願届を受け取りました。
 その後、Xは、課長から退職手続をするよう促され、その日のうちに完了できる手続を行いました。
 しかし、その日完了できなかった退職手続については、Xは翌日これを行う旨述べて退社しました。

(2)その翌日、Xは、退職願の撤回を申し出ました。

(3)本件は、Xが(退職願の撤回を主張して)地位確認等を請求したものです。

第一審は、Xの請求を認容し、控訴審は、Yの控訴を棄却しました。

判旨・判例の要旨

破棄差戻し

 私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。

 労働者の退職願に対する承認は、採用後の当該労働者の能力、人物、実績等について掌握し得る立場にある人事部長に退職承認についての利害得失を判断させ単独でこれを決定する権限を与えることとすることも、経験則上何ら不合理なことではない

 本件についてみる。
 人事部長がXの退職願を受理したことをもって本件雇用契約の解約申込に対するYの即時承諾の意思表示がされたものというべく、これによって本件雇用契約の合意解約が成立したものと解するのがむしろ当然である。

解説・ポイント

 Xの退職願を合意解約と解し、合意解約は使用者の承諾があるまでは撤回ができると解されるところ、本件では、人事に関する最終決裁権者が退職願を受理した時点で承諾があったものといえ、合意解約を有効と判断しました。このように、本判決の意義は、退職願の撤回が有効と認められる判断時点を明確にした点にあります。以下、辞職や合意解約についての概要を紹介します。

 解雇とは対照的に、労働者がその一方的な意思表示によって労働契約を解約することを「辞職」といいます。期間の定めのない労働契約の場合、労働者は2週間前に申し入れればいつでも辞職することができます(民法627条1項)。辞職は、労働者の一方的な意思表示によって効力が発生するもの(形成権の行使)であり、使用者にその意思表示が到達した時点以降は撤回できません

 他方、両当事者の合意に基づいて労働契約が終了することを「合意解約」といいます。
 この場合、2週間の予告期間を置くことなく、両当事者の合意に基づいていつでも契約を終了することができます。
 この合意解約は、両当事者の意思表示が合致することによって成立しますが、労働者の合意解約の申入れの意思表示については、使用者側が承諾の意思表示をするまではこれを撤回することができます

 上記の通り、本件では、最終決裁権者である人事部長がXの退職願を受理した時点で承諾の意思表示があったと認定されたため、撤回が認められませんでした。

 なお、合意解約の意思表示にあたり、心裡留保、錯誤、詐欺・強迫などがあった場合には、合意解約を無効となり、または取り消すことができる場合があります。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著