東京日新学園事件 東京高裁平成17年7月13日判決(事業譲渡と雇用承継) 

事案の概要

(1)Xは、A学園が設置運営していた専門学校の経営を引き継いだ学校法人でした。
 A学園は債務超過に陥り、経営が破綻したため、訴外Bと協議してXを設立することとしました。
 Xの代表等は、A学園と協議し、専門学校全体を譲渡する合意がなされました。

(2)A学園は雇用する教職員全員に対して退職金を支払ったうえで退職させ、退職者のうち、本件専門学校の運営に必要な教職員をXにおいて雇用することとしました。
 その際、一般に公募はせず、A学園の教職員のうちXの採用を希望する者の中から採用することとしました。Xが採用した教職員は、応募者183名中154名であり、29名が不採用となりました。

(3)Yは、A学園に教職員として雇用されていた者であり、XとA学園の上記合意により、退職し、Xへの採用を希望したものの、不採用となりました。
 Yは、労働組合のA学園分会の分会長であり、A学園に対して、本件承継について団体交渉を申し入れていました。また、Yは、Xによる不採用が不当労働行為に該当するとして労働委員会に救済の申し立てをしていました。

(4)Xは、Yに対して、雇用関係が存在しないことの確認を求めて本訴を提起しました。
 これに対して、YがXとの間の雇用関係の存在を主張するとともに、Xにおける雇用開始の日からの給与及び賞与の支払、並びに不当労働行為により精神的損害を被ったとして損害賠償を請求しました(反訴)。

第一審は、XとYとの雇用関係の存在及び賃金請求を認め、Yの請求を認容しました。

判旨・判決の要約

原判決一部取消し、本訴請求認容、反訴請求棄却

(1)まず、XとA学園との間に、法的に教職員の雇用契約関係の承継を基礎付け得るような実質的な同一性があるものとは評価することはできない。

(2)次に、A学園の解散とXの設立が、労働組合を壊滅させるためとか、Yの組合活動を嫌悪してこれを排除するためにされたなど、法人格の濫用に当たるものと評価すべき事実関係を認めるに足りる証拠はない。

(3)また、営業譲渡契約は債権行為であって契約の定めるところに従い、当事者間に営業に属する各種の財産・・・を移転すべき債権債務を生ずるにとどまるものである上、営業の譲渡人と従業員との間の雇用契約関係を譲受人が承継するかどうかは、譲渡当事者の合意により自由に定められるべきものであり、営業譲渡の性質として雇用契約関係が当然に譲受人に承継されることになるものと解することはできない

(4)XとA学園が交わした本件覚書においても、雇用契約関係を承継しないという文言の条項がないこと、非常勤講師の雇用が引き継がれていることなどYの挙げる事情をもってしても、Xが応募者全員を雇用する意思があったことを推認させるものということはできない。

解説・ポイント

 本判決の意義は、事業譲渡契約は、債権行為であり、譲渡会社の労働者の雇用関係を譲受会社が当然に承継するということはできない、と判断した点にあります。
 
 もっとも、事業譲渡契約により原則として譲渡会社の雇用関係まで譲受会社が承継することはないとしつつも、一方で、譲渡会社と譲受会社との間に実質的な同一性が認められたり、当該事業譲渡が特定の労働者を排除するために行われるなど違法な動機に基づくものと言える場合には、当該事業譲渡は譲渡会社の法人格の濫用にあたり、譲受会社に雇用関係の承継が認められるとした点は注目しなければなりません。
 
 なお、理解の前提として事業譲渡の法的性質について解説をすると、事業譲渡における労働契約の承継は、他の権利義務と同様に特定承継となります。したがって、労働契約の承継については、譲渡会社と譲受会社間の個別の合意が必要とされるとともに、労働者の権利義務の一身専属性を定めた民法625条1項が適用され、承継には労働者の個別の同意が必要となります。

 現在では、特定承継説を採用する裁判例が多いですが、特定承継説を採用しつつも、黙示的な承継合意を認める裁判例(タジマヤ事件・大阪地判平成11・12・8労判777号25頁)や、法人格否認の法理を用い、労働契約の承継を認めた裁判例(新関西通信システムズ事件・大阪地決平成6・8・5労判668号48頁等)もあります。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著