鈴蘭交通事件 札幌地裁平成11年8月30日判決(労働協約の終了と労働条件)

事案の概要

(1) Yタクシー会社の乗務員で同社の従業員で組織する訴外A労組の組合員であるXらがオール歩合制の月例賃金及び一時金に不払いがあるとして、残金及び遅延損害金の支払いを求めて提訴しました。

(2) Xらの月例賃金等は、平成5年3月15日にA労組とY社との間で締結された労働協約(本件協約)の支給基準によって計算・支給されてきました。

(3)Y社は、平成7年5月の団交で同年の一時金支給率の改定案を提示しましたが、A労組がこれを拒否したため一時金を支払いませんでした。
 Y社は、平成7年11月16日、主位的に平成5年運賃改定により本件協約が失効したことの確認を求め、予備的に本件協約を解約する旨の通告書をA労組に交付し、組合員に対して同年末以降の一時金は本件協約基準よりも低い支給基準で支払いました

(4) 平成9年4月から所定の月間労働時間は190時間から171時間に短縮されました。これに伴い、運賃改定がなされ、Y社は本件協約の支給基準による支給歩合率を月間労働時間に対応させて算出し支給しました。

(5) Xらは、平成9年9月17日、札幌地裁に同年4月から8月分までの月例賃金及び同7年末から同9年夏季までの一時金につき本件協約の支給基準により算出した額と既払い分との差額の仮払いを申し立て、認容されました。
 しかし、Y社は、それ以降の月例賃金等について本件協約の支給基準により算出された額の一部しか支払わず、また、平成10年夏季一時金は支給日より遅れて本件協約の支給基準による額の一部しか支払われませんでした。そこで、XらはY社に対して、(1)のとおり提訴しました。

判旨・判旨の要約

請求認容(確定)

(1) 延長された本件協約は、平成7年11月16日のY社からの解約告知により告知後90日後に失効した。

(2) 協約自体は失効したとしても、その後も存続するXY間の労働協約の内容を規律する補充規範が必要であることに変わりはなく、就業規則等の右補充規範たり得る合理的基準がない限り従前妥当してきた本件協約の月例賃金等の支給基準が右労働協約を補充して労働契約関係を規律すると解される。

(3) 本件では、他に補充規範たり得る合理的基準は見出し難く、本件協約の支給基準により月例賃金等を支払うべきである。

解説・ポイント

 本判決の意義は、労働協約が失効したとしても(有効期間は最長3年です)、当該労働協約で定められた特定の事項については、就業規則などの補充規範がない限り、これまで適用してきた労働協約により労働契約を規律すると判断した点にあります。

 要するに、労働協約が失効したとしても、これに代わる基準がない限り、同協約で定めた基準が妥当するということです。本件のように、失効した協約の基準によって労働契約を規律した根拠は(裁判例上は明示されませんでしたが)信義則(労働契約法3条4項、民法1条2項)に基づくものと考えられます。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著