下関商業高校事件 最高裁昭和55年7月10日第一小法廷判決(退職勧奨)

事案の概要

(1)Y₁は市の教育委員会であり、Y₂は同教育委員会委員長、Y₃は同教育委員会次長の職にあった者でした。Xらは、本件高校に教諭として勤務していた者でした。Y₁は、Xらを退職勧奨対象者としました。

(2)Xらは校長からの退職の打診を拒否したところ、Y₁はXらを呼び出し、約3か月の間に十数回にわたり退職を勧奨しました。
 Xらは所属組合の執行委員長の代理や立ち合いを求めましたが、いずれも認められませんでした。
 また、Y₃は、Xらの自宅に数回電話をかけるなどして退職を勧奨しました。そのほか、Y₃は、Xらに対して教育委員会への配転を提示しました。

(3)組合ではY₁に対して、教員による宿直制度の廃止や本件高校における欠員の補充を求めていましたが、Y₁は、Xらの退職問題が解決しない限り対応しないという態度を示しました。

(4)以上の事実関係において、Xらは、Yらに対して違法な退職勧奨を理由とする損害賠償を求めました。

第一審は、Xらの請求を一部認容し、控訴審は、原審の判断を維持しました。

判旨・判旨の要約 

上告棄却

(1)一審の判決を紹介する。
 使用者は、退職の同意を得るために適切な種々の観点から説得方法を用いることができるが、被退職勧奨者の任意の意思形成を妨げ、あるいは名誉感情を害するがごとき言動が許されないことは言うまでもなく、そのような勧奨行為は違法な権利侵害として不法行為を構成する場合があることは当然である。

(2)勧奨の回数及び期間についての限界は、退職を求める事情等の説明及び優遇措置等の退職条件の交渉などの経過によって千差万別であり、一概には言い難けれども、説明や交渉に通常必要な限度に留められるべきである。

(3)退職勧奨は、被勧奨者の家庭の状況など私事にわたることが多く、被勧奨者の名誉感情を害することがないように十分に配慮がなされるべきであり、被勧奨者に精神的苦痛を与えるなど自由な意思決定を妨げるような言動は許されない

(4)被勧奨者が希望する立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案し、全体として被勧奨者の自由な意思決定が妨げられる状況であったか否かが、その勧奨行為の適法、違法を評価する基準になるものと考えられる。

(5)本件についてみる。
 本件退職勧奨は、本来の目的である被勧奨者の自発的な退職意思の形成を慫慂する限度を越え、心理的圧力を加えて退職を強要したものと認めるのが相当である。

解説・ポイント

 本判決の意義は、不法行為を形成する退職勧奨に当たるかは、退職勧奨を受けた者の、退職するのかどうかについて自由な意思形成を妨げたといえるか否かによって判断するとの基準を示した点にあります。

 また、本判決は、退職勧奨を受けた者の上記の自由な意思形成が妨げたといえるか否かは、退職を勧奨する際に、立会人を認めたか否か、勧奨者の数、優遇措置の有無等を総合的に勘案して判断しなければならいとの考慮要素も示しました。

 実務上においても、退職勧奨の法律相談は比較的多くあります。
 相談内容の多くは、違法な退職勧奨があったので慰謝料請求したい、まだ働けるようにして欲しい、といったことですが、違法な退職勧奨があったといえるか(上記に挙げた考慮要素の点)その事実認定(人証や物証による直接または間接証拠からの事実認定)は、慎重に行われなければなりません。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著