専修大学事件 最高裁平成27年6月8日第二小法廷判(解雇制限と打切補償)

事案の概要

(1)Xは2003年に頸肩腕症候群と診断され、同疾病により2006年1月から学校法人Yを長期にわたり欠勤していましたが、2007年11月にこれが業務上の疾病に当たるとの認定を受け、労災法に基づく療養補償給付及び休業補償給付を受けることになりました。

(2)Yは、Xの2006年1月からの欠勤後3年が経過した時点で、Xの疾病の症状にほとんど変化がなく就労できない状態であったことから、Xを2009年1月から2年間の休職扱いとしました。

(3)2011年1月に2年間の期間が経過しましたが、XはYからの復職の求めに応じず、YはXが職場復帰できないことは明らかであるとして、同年10月に打切補償金として平均賃金の1200日分相当額を支払ったうえでXを解雇する旨の意思表示を行いました。

(4)YがXに対して地位確認不存在確認を求める訴え(本訴)を提起したところ(学校側からの先制攻撃です、結構珍しい)、Xは、解雇が労基法19条に違反し無効である等と主張し、労働契約上の地位の確認を求めて反訴を提起しました。

第一審及び控訴審共にXの請求を一部認容

判旨・判旨の要約

破棄差戻し

(1)労基法81条の定める打切補償の制度は、使用者において、相当額の補償を行うことにより、以後の災害補償を打ち切ることができるものとするとともに、同法19条1項但し書きにおいてこれを同項本文の解雇制限の除外事由とし、当該労働者の療養が長期間に及ぶことにより生ずる負担を免れることができるものとする制度である。

(2)使用者の義務とされている災害補償は、これに代わるものとして労災法に基づく保険給付が行われている場合にはそれによって実質的に災害補償が行われているものといえるので、使用者自らの負担により災害補償が行われている場合とこれに代わるものとしての同法に基づく保険給付が行われている場合とで、同項但し書きの適用の有無につき取り扱いを異にすべきものとはいい難い(そうか?労災保険による給付は政府が負担するものだから別に学校側は負担ないんじゃないか、という疑問は残るのだが)。

(3)労災法12条の8第1項第1号の療養補償給付を受ける労働者は、労基法19条1項但し書きが打切補償の根拠規定として掲げる同法81条にいう同法75条の規定によって補償を受ける労働者に含まれるものとみるのが相当である。

(4)Xは、労災法12条の8第1項第1号の療養補償給付を受ける労働者が、療養開始後3年を経過しても疾病等が治らない場合に当たり、労基法19条1項但し書きの解雇制限の除外事由を定める規定に該当する。

解説と感想

 本判決の意義は、使用者による打切補償の適用について、労働者が労災保険から療養補償給付を受けて3年以上経過した場合にも、使用者が平均賃金1200日分を支払うことにより当該労働者を解雇できると判断した点にあります。

 打切補償の制度は、療養開始後長期間経過しても職場復帰ができないにも関わらず、労基法上の災害補償責任(要は休業手当等の支払い)を負担させられ続ける使用者の負担を軽減するために認められたものです。前提として確認しておくと、労基法上、療養期間中の労働者を解雇することはできないところ(労基法19条1項本文の解雇制限のため)、この解雇制限の例外を認めたのが打切補償です。

 本判例の画期的(?)ともいえる判断が何かというと、予定している労基法上の災害補償ではなく、労災法上の療養補償を受けている場合にも打切補償の適用を認めた点にあります。
 
 本判例は、労基法上の災害補償責任と労災法上の療養補償給付の支給は同趣旨として、打切補償の適用を拡大していますが、本当に同じ趣旨なのでしょうか。
 
 労基法上の災害補償責任は使用者の負担ですが、労災保険利用による療養補償給付は政府の負担であって使用者の負担ではないはずです。

 確かに、使用者は労働保険料を負担していますが、労働保険料の負担と労基法上の災害補償が同趣旨というのは些か不自然です。労働保険料は労働者が負傷しようがしまいが納付しなければならないものであるのに対して、療養補償給付は業務上の負傷によりはじめて支給が認められ得るものであるからです。両者は、支給事由も責任の所在も明確に異なるのです。
 
 そうだとするなら、本判例のように、打切補償の趣旨を労災保険による療養補償給付の場面にまで及ぼすのは妥当ではないはずです。実際、学校側の代理人(弁護士)から、先手を打って地位不存在確認の訴えがあったのも、療養補償給付を受給している場合に打切補償を行って解雇して良いのか自信がなく、裁判所の後押しが欲しかったからじゃないのか、という気がしてなりません(実際のところは分かりませんが。あくまで私見です)。

 真の労務の専門家なら、いつか本判例を覆すことも可能かもしれませんね。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著