日本アイ・ビー・エム事件 最高裁平成22年7月12日第二小法廷判決(会社分割と労働関係) 

事案の概要

(1)Y社は、A社の完全子会社でした。Xらは、Y社のHDD事業部門に従事していました。
 A社とB社は、HDD事業部門に特化したF社設立の合意をし、Y社は、会社分割により設立したC社(F社の子会社)にHDD事業部門を承継させ、B社も同社HDD事業部門をC社に承継させることとしました。
 本件会社分割に伴い、Y社のHDD事業部門の従業員との間の労働契約もC社に承継させる方針が定められました。

(2)Y社は、承継法7条に定める措置を行うため、従業員代表者との協議等を行いました。
 また、Y社は、商法等の一部を改正する法律附則5条1項に定める労働者との協議(以下「5条協議」といいます。)のための資料等を準備し、承継されるHDD事業部門の従業員にこれを送付し説明を行いました。その結果、多くの従業員が承継に同意する意向を示しました。

(3)しかし、Xらは一部の従業員は、Y社による説明は不十分であるとして、Xらに係る労働契約の承継に異議を申し立てました。

(4)Y社は、本件会社分割を行い、Xらの雇用契約は、C社に承継させ、Y社は、所有するC社株式全てをF社に譲渡しました。

(5)Xらは、Y社との間の労働契約は、承継手続きに瑕疵があるのでC社に承継されず、本件会社分割はXらに対する不法行為に当たるなどと主張して労働契約上の地位確認及び損害賠償請求を行いました。

第一審及び第二審はXらの請求を棄却しました。

判旨・判旨の要約

上告棄却

(1)5条協議は、労働契約の承継の如何が労働者の地位に重大な変更をもたらし得るものであることから、会社分割が労働契約の承継について決定することに先立ち、承継される営業に従事する個々の労働者との間で協議を行わせ、当該労働者の希望等をも踏まえつつ分割会社に承継の判断をさせることによって、労働者の保護を図ろうとする趣旨に出たものである。

 上記のような5条協議の趣旨からすると、承継法3条(該当する労働者は承継の効力を争うことができる旨を規定する。)は適正に5条協議が行われ当該労働者の保護が図られていることを前提としている。
 
 そのため、労働者との間で5条協議が全く行われなかったといえる場合には、当該労働者は承継法3条の定める労働契約承継の効力を争うことができる。

 また、5条協議が行われた場合であっても、その際の分割会社からの説明や協議の内容が著しく不十分であるため、法が5条協議を定めた趣旨に反することが明らかな場合には、分割会社に5条協議義務の違反があったと評価してよく、当該労働者は承継法3条の定める労働契約の承継の効力を争うことができる。

 他方、7条措置承継についての労働者の代表者への説明および協議)は、分割会社に努力義務を課したものとされ、これに違反したこと自体は労働契約承継の効力を左右する事由にあたらない。
 
 しかし、7条措置において十分な情報提供等がされなかったがために5条協議がその実質を欠くことになったといった特段の事情がある場合に、5条協議義務違反の有無を判断する一事情として問題になるにとどまる。

(2)本件についてみる。
 Y社による7条措置は不十分なものとはいえない。また、Y社が、C社の経営の見通しなどについてXらが求めた形での回答に応じなかったのは、C社の将来の経営判断に係る事情等であるからであり、法が5条協議を求めた趣旨に反することが明らかであるとはいえない。

解説・ポイント

 労働契約承継法は、承継業務に主として従事しているか否かという客観的な事実に基づいて労働者に異議申立権を付与し、使用者の主観的な選別に基づく労働者の不利益(承継法4条,5条)を防止しようとしています。

 本判決の意義は、会社分割にあたり、前提として承継される労働者の保護のため、当該労働者と協議(5条協議)を行うことが必要であり、これがない場合には、当該労働者は承継会社への労働関係の承継に対して異議申し立てを行うことができること(承継法3条)、また、承継される労働者の代表者との協議や説明(7条措置)がないことにより上記5条協議の趣旨を没却するといえる場合には、5条協議を欠いたものと同視できると判断した点にあります。

 会社分割のように労働者の雇用関係に重大な影響を与える組織再編を行う場合には、承継の対象となる労働者に十分な説明や協議が必要であり、これを欠く場合には、承継会社への労働関係の承継は否定される可能性があることに注意しなければなりません。

参考文献

 本稿の執筆に当たり、以下の書籍を参考にさせて頂きました。ありがとうございました。

・最重要判例200 労働法(第5版)大内伸哉 著
・労働判例百選(第10版)村中孝史・荒木尚志 編
・詳解 労働法 水町勇一郎 著